大判例

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東京高等裁判所 昭和33年(ネ)708号 判決 1961年12月06日

控訴人(原告) ローランド・ゾンダーホフ

被控訴人(被告) 大蔵大臣

訴訟代理人 板井俊雄 外五名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は原判決をとりけす、被控訴人が別紙目録記載の物件について昭和二十八年三月十二日午後二時なした競売を含む換価処分はこれをとりけす、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする旨の判決をもとめ、被控訴代理人は控訴棄却の判決をもとめた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否はつぎのとおりつけ加えるほか原判決の事実らんにしるすところと同じであるからこれを引用する。

(控訴人の主張)

(一)  本件取消の対象たる行政処分は、被控訴人が別紙目録記載の控訴人所有物件を競争入札により売却換価した行為である。

(二)  原審判決は千九百五十四年十月二十三日の米英仏とドイツ連邦共和国との間に締結せられた「戦争及び占領から生じた事柄の解決に関する条約」を援用して本件に関する日本の裁判所の裁判権がないことを説示するが、みぎ条約は条約の形をとつているけれどもドイツが連合国軍の権力に服していた当時締結されたものであるから連合国軍の指令というにひとしく一般国際法規と解することは困難であり、さらにその内容においては従来の国際慣例および近代国際慣習を破るもので一般国際法規と認めえない。しかのみならず控訴人は日本に住所を有するものであつて同条約のドイツ国内法的効力を受けるものでないことはあきらかである。したがつて控訴人がみぎ条約によつて拘束されることを前提とした原判決理由は誤つている。

(三)  そもそも日本の裁判所に裁判権のない場合というのは、条約の違憲審査(これにも問題あり)と、条約または国際慣行上裁判権を排除する定めある特別の場合だけである。控訴人は本件で平和条約の違憲審査をもとめているのではなく、平和条約のもとで被控訴人のとつた措置が違法であることを主張しているのである。また被控訴人が外交特権を有しているため裁判権が否定されるような当事者でないことはいうまでもないから日本の裁判所が本件につき裁判権を有しないとしたのは不当である。

(四)  憲法第三十二条は、ひとり日本国民のみならず外国人についてもその裁判を受ける権利を保障する趣旨であることは通説であるし、外国人が原則として所在国の国民と同種の憲法上の権利義務を有することは国際慣例であるから、控訴人の所有した在日財産につき三国の指示によつてなされた日本政府の措置につき多くの疑義の存する以上原判決のように控訴人の裁判を受ける権利を排除するのは憲法違反の譏りをまぬがれない。ことに条約と憲法との関係につき憲法優位説をとるときはあきらかに原判決は憲法第三十二条違反となるのみならず日本が当事国でない条約を根拠として控訴人に訴権を認めないことは到底許さるべきでない。

(五)  ドイツと米英仏間の前記条約が私有財産の尊重、これと不可分の関係にある私有財産保全のためにする訴権を失わせることは人道上からもきわめて疑わしい規定であつて控訴人の本件訴権を認めることは平和条約第二十条にもとずいて日本国の負う義務に違反することとはならず、憲法第九十八条にも牴触しないのである。原判決は平和条約第二十条の正しい解釈を誤り本訴を却下したもので違法である。

(六)  本件競売処分は官有財産の払下、政府需要品の買上げ、または工事請負契約のごとく国家と私人が対等の立場に立つてなす私法上の法律行為でなく、公権力の行使としてなされ、かかる公権力に服する人民たる控訴人にたいし行政庁の優越的意思の発動として一方的に控訴人を拘束するもので、これにより控訴人の本件物件にたいする所有権を消滅せしむるものである。したがつて公法的行為であることは疑いない。なるほど入札案内、開札または落札者の決定などは事実行為であろうけれども、行政事件訴訟特例法にいわゆる行政処分は一連の法律的事実の全体を指すもので、三国委員会の要請により被控訴人において本件物件の売却の意思決定がなされこれにもとずいて競売処分が行われたものであるから公法的意思表示を主たる構成要素とするものというべく事実行為の加わることは必ずしもこれを行政処分にあらずと解さねばならぬものではない。

(被控訴人の主張)

(一)  ドイツ財産管理令第四条第一項には「昭和二十四年十月十三日においてドイツ人財産であつた財産は他の法令の規定にかかわらず同日において三国に帰属したものとする」と規定し、さらに同令第三十条第一項には「主務大臣は第四条第一項……の規定によりドイツ財産が三国に帰属した場合における権利移転の登記または登録を嘱託することができる」と規定しているのであるから、これらの規定からすると本件物件の所有権は昭和二十四年十月十三日において三国に帰属したものとされ、控訴人はこの時において本件物件にたいする所有権を喪失しているものというべきである。換言すれば本件物件にたいする控訴人の所有権は控訴人主張のように被控訴人の行つた本件競売手続によつて消滅するものではなく、みぎ競売手続はすでに米英仏三国が昭和二十四年十月十三日その所有権を取得した本件物件を落札者と対当の立場にたつて売買する方法として行われたものにすぎない。

(二)  ドイツ財産管理令第十一条第一項の規定によつて被控訴人の行う財産の売却は、民事訴訟法にもとずいて行われる強制競売、競売法にもとずいて行われる競売、または国税徴収法にもとずいて行われる公売に該当しないことはもちろん、その他いずれの法律にもとずいて行われるものでもないのであつて、それは単に当該財産の管理処分権を有する被控訴人が、その権限の範囲内においてこれを能う限り高価に売却する目的で買受人となるべき者の資格、条件および買受人となつた者との間の売買契約の締結方法契約締結後の履行方法等を定めた上でこれを公告の方法によつて周知せしめ、入札者中より最高価格でこれを買取る意思を表示した者にたいしてこれを売却するために行われるものであるから、専ら被控訴人とこれら入札者らとがおのおの対当の立場においてする合意にもとずいてなされるもので、その手続のいずれの段階においても国が公権力の主体または優越的意思の主体としてこれらの者にたいしてその権力を行使しまたはその意思を表示することがないのである。すなわち本件競売処分は被控訴人が私法上の売買契約をすることによつて行われたものであり、行政事件訴訟特例法にいわゆる行政処分をしたものではない。

(三)  控訴人はドイツ財産管理令自体が無効であると主張するがかりにそうであつて本件物件が同令第四条の定める期日に米英仏三国に帰属することなく、依然控訴人の所有に属していたとすれば、本件競売処分は控訴人の所有権を消滅せしめる効力を有するものではないから控訴人の所有権がこのために消滅する理由はなんら存しないのである。いずれにしても被控訴人のなした本件競売手続は、控訴人の本件物件にたいする所有権を消滅せしめるような行政処分ということはできない。

(証拠関係)<省略>

理由

控訴人がドイツ国の国籍を有する者で千九百二十九年(昭和四年)来日し、本件物件を含む財産を所有していたところ、第二次大戦終了後日本を占領していた連合国最高司令官は控訴人を非難すべきドイツ人と認定し千九百四十七年(昭和二十二年)二月四日本件物件を含む控訴人の所有財産を押収したこと、その後日本国との平和条約の発効にともない同条約第二十条により日本国は千九百四十五年のベルリン会議の議事の議定書にもとずきドイツ財産を処分する権利を有する諸国が決定した、または決定する日本国にあるドイツ財産の処分を確実にするためにすべての必要な措置をとり、これらの財産の最終的処分が行われるまでその保存および管理について責任を負うことになつたので、みぎ条約の義務を履行するため、ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く連合国財産及びドイツ財産関係諸令の措置に関する法律(昭和二十七年四月二十三日法律第九十五号)が制定され、従前施行されていたドイツ財産管理令(昭和二十五年八月四日政令第二百五十二号)を一部改正して法律としての効力を認めることになり被控訴人が日本国内にあるドイツ財産の保存管理にあたつていたこと、被控訴人が三国委員会の要請によつて昭和二十八年三月十二日競争入札の方法により本件物件を売却換価したことはいずれも当事者間に争がない。

そこで被控訴人のなしたみぎ競売を含む換価処分がはたして行政処分といえるかどうかについて以下考察する。

成立に争ない甲第六号証の一、二、乙第一号証の一、二、同第二号証の一ないし五、同第十一号証の一、二に前記各関係条約、法令の規定によるとつぎの事実を認めることができる。

(一)  平和条約発効後米英仏三国は、在日ドイツ財産の管理処分につき日本政府にたいし指示する権限を有する機関として三国委員会を設立したこと。

(二)  平和条約二十条によりドイツ財産につき日本国の負担した義務は、(1)日本国にあるすべてのドイツ財産を発見し、保存し、および保護すること、(2)これらの財産が清算されるまでそれを管理保全すること、(3)三国委員会の発する指示にしたがつてこれらの財産をなるべく速かに清算すること(4)清算の売上金を三国委員会に引渡すこと(5)必要な場合には三国委員会の決定に国内法上の効果を与えること(6)ドイツ財産の清算から生ずる外貨売上金の一切を日本国の外国為替の施行から免除すること。

(三)  そしてこれら条約上の義務を履行するため制定されたドイツ財産管理令によると、「昭和二十四年十月十三日においてドイツ人財産であつた財産は他の法令の規定にかかわらず、同日において三国に帰属したものとする」(第四条第一項)また「主務大臣は、ドイツ財産の管理又は処分を適切ならしめるため必要があると認めるときは、自らドイツ財産を管理し、又は処分する。ことができる」(第十一条一項)旨の規定があり、本件競売を含む換価処分はみぎ管理令第十一条一項にもとずいて被控訴人が行つたものであること。

(四)  本件競売手続は、被控訴人の定めた一般競争入札規定および入札案内による競争入札の方法により、昭和二十八年二月二十四日付競売の公告をし、同年三月十二日競争入札を行つたところ、ステーツ・マリン・コーポレーシヨン・オブ・デラウエアが最高価入札者と定まり、昭和二十八年五月一日被控訴人とみぎ最高価入札者とが本件物件について売買契約を締結したものである。しかしてみぎ競売を含む換価処分は、前記三国委員会の要請により行われたもので、みぎ競売の方法について被控訴人は予め具体案を作成して三国委員会に提出し昭和二十八年二月十九日付その承認を得、入札の結果についても同委員会に報告し、同年三月二十七日付前記最高価入札を落札と決定することにつき承認を得、なお同年同月三十日みぎ最高価入札者と速かに売買を完結するべき旨の要請をうけて前記のとおり売買契約を結んだこと。これらの諸事実をそれぞれ認めることができるのである。

以上の認定によると日本政府は本件物件が既に三国委員会に属するものとし(この判断が正当であるか否かは別問題として)、その換価の方法として競売を実施し、最高価入札者との間に売買契約を締結したのであり新たに公権力を用ひ本件物件の所有権を剥奪ないし消滅せしめんとしたものでないこと明かであり一般の国有財産の払下とその性質を異にするものではない。私法上の売買行為と認むべきである。

ところで行政事件訴訟特例法に取消訴訟の対象となるべき行政庁の処分とは、行政主体たる国または公共団体が公権力の発動として行なう公法上の行為である。

したがつて本件競売を含む換価処分は行政訴訟の取消の対象となし得ないもので、他の争点につき判断するまでもない本訴は不適法として却下をまぬがれないものである。

原判決はみぎ判断とその理由を異にするけれども、本件訴を不適法として却下したことはけつきよく正当であるから本件控訴を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 牧野威夫 谷口茂栄 満田文彦)

(別紙物件目録省略)

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